自分育成論!学校編
私はまだ25だが、会社で、、いや社会に出て早5年。
大した偉業を成し遂げたわけでもありません。しかし、自身で思った事、考えた事、学んだ事を偉そうではありますが、お話しさせていただきます。
未だに私は先生になる事が夢ではあるが現実的には、会社に毎日ヘトヘトになるまで働き、我慢して世の中への不満を抱きながら、過ごしています。
しかし、学力、学歴では上司からなぜ出来ないのか?などと言われてしまいます。
そこで1つの答えに辿り着きました。
あ、大学名は伏せますが、
『〇〇大学にいたのに、この仕事は出来ないのか?』
『〇〇大学に在籍していたくせに、ドイツ語が話せないのか?』
(リアルな上司からの叱りを受けた言葉ですが。。)
それに対する行き着いた答えは、
『出来ないのなら、出来るようにしてしまえばいい。』
これが私の極論だと考えました。
最近ではドイツ語でのビジネスも出来、幅もどんどん広がり常に進化できる自分に自信がどんどんと着き、今後先生になり、
最終的には会社を経営させるという夢はどんどん近づいている!こう思うようになりました。
しかし、周りからの反応はこんな言葉がこぼれ落ちます。
『お前だからできた事だ。』
『君が元々のポテンシャル(学力)を持っているからだ』
『頑張り屋には出来て当然。』
などと言う出来てしまっても非難を浴びる事がめっぽう増えていると感じてしまいます。
しかし、私は周りに対し思います。
『初めから諦めて自分が諦めるって言った言葉を出せば一生かけても、叶うこともない。』
こういった言葉が出てくるのが最近の思うところです。
出来ないって言われたから出来ないなどと初めから決めてしまっては出来ないのかもしれない。
しかし、出来ると思った事は出来る。これはどうして生まれたのか。例えばの話をしましょう。
目の前に蓋のしまった水の入ったペットボトルがあり、あなたはとても喉が渇いています。
当たり前のように、あなたは蓋を開け方を知っているので、蓋を開け水分を補給するでしょう。
電気がついていない蛍光灯のある真っ暗な部屋にあなたはいるとします。電気をつけるスイッチを押せば電気がつくと知っているから、あなたは真っ先に真っ暗闇の中スイッチを探すでしょう。
このように知っているから対処方法が出てきます。
しかし、この仕事の分からないことが分からないなどと言う人間がいますが、分からない事が分からないのでは無く、そもそもその仕事本来の意味や知識を知らないから分からないと言うのでは無いかと思います。
例えば私の場合ドイツ語をどのように勉強したのか?といえば簡単です。本を用意した?そんな単純な事で話せるようになれば苦労はしません。ドイツ人の友達を作ることを優先しました。
なぜ友人を増やす事が優先したのか?
となりますが、それは交渉する上で話せないと意味がないからです。本による勉強は確かに言語の本来の形である主語や述語、目的語だとか代名詞だとかがあればメールや広告等の内容が対する物であれば学べばいいと思います。
しかし、本来は対人でのスキルとして必要になったからと言ったように、
これら全てにおいて、何に繋がり、何のためにあるのか?そしたら何に繋がるのか?これらを検討する事が会社で求められる事だと言うことに新人時代に気付かされたひとつです。
突然ですが十字の線を引いてみてください。
縦の線の上に行けば行くほど活躍できるか?
下に行けば行くほど活躍出来ない。
横の線で右が大学卒
左が大学卒業以外というグラフにすると分かりますが、
学校や学歴が必要だなどと言われる事や、自慢や活躍のチャンスを作りやすいと言われるのは右と左に分けられます。
しかし、社会に出たら、学歴なんてもはや関係なかったわけです。確かに学歴があれば給与面の違いはあります。
そこで社会に出て必要だと思ったのは2つでした。
それは
・何かの問題を解決する力があるか?
・何か新しいものを創造出来るか?
という結論に至りました。
その為に自分の時間と能力を全部注ぎ込む事を自分は必要な事だと思いました。
これらをどう作るか?ですが、これらは失敗をたくさん積む事。失敗の実験をする事でしょうか?
その見出し方は、群像の感覚が必要でしょうか?社会において、自分の強みや実力を客観的に見定める能力がとても重要だと感じました。
本来自分のできる事と、できると思っている事これらにズレがある方は社会で生きていけないのではないだろうか?
だからこそ人それぞれが出来ない事これらは必要ないではなく、それらを出来るようにしてしまう事これがとても重要な事なのではないだろうか?
学校で学ぶ事これらが全部あれば社会で出来る事とは限らないが、出来ない事がある。例えば読めない漢字がある。それらを無くす事これが社会に出て問題を解決する能力を高める唯一の方法であると断言したいと思います。
以上、私の持論でした。
明日もこんな持論があるので語りたいと思います。